薄明光線

エッセイテイストな読み物。週一くらいの頻度で更新します。僕の話、時々僕ではない誰かの話。ささやかな楽しみにしてもらえたら幸いです。

季節外れの春の話

小学生の頃、転勤族の女の子を好きになった事があった。

 

彼女は小3の春に東京から僕の家の徒歩10秒のところに引っ越してきて、小4が終わる春にまた東京に戻っていった。

天真爛漫で人見知りもしない子で、物怖じもしない挙動からか、同性から敵を作りやすいタイプで、度々話題の渦中にいた。

彼女は家が近所である事もあり、僕の生活にぐいぐい入り込んで来て、小3、小4の僕の生活は彼女に振り回される日々だった。

 

別れとなる引越しの日は春休みに入ってすぐだった。

家を訪ねるのもなんだか気恥ずかしいので、実家のアパートの脇にあるスペースで遊んでいると、思惑通りと言うべきか、彼女も家から出て遊びに加わり、気が済むまで遊ぶといつも通り「じゃあね」と去っていった。

僕が外で遊んでいる間に彼女の母親が手土産を持って家に挨拶に来ていたようだが、僕と彼女は別れの挨拶らしいものをせずに終わってしまった。

彼女と遊んでいた午前中は薄い曇り空だったが、夜には雨となった。生暖かい湿り気が部屋の中にまでアスファルトの匂いを連れ込む心地の悪い雨で、僕の気持ちをよりどんよりとさせた。

彼女のいなくなった世界は、ただ2年前と同じ状に戻っただけのハズなのに、なんだかとても静かになったように感じられた。

 

世界で初めて台風に女性の名前をつけた人はきっとこんな女性に心かき乱されたのだろうと思った。

ただかき回すだけかき回して、何事も無かったように姿を消すのだ。

春は別れの季節というが、沈丁花の香りがすると、卒業式の思い出などを差し置いて、未だに彼女の顔を思い出してしまう。

 

そんな彼女はハタチの時にSNSで再会した。一度、東京で顔も合わせたし連絡も取り合えるようになったが昨年、SNSのトップ画像がウェディングドレス姿に変わっていたのを見て結婚を知った。その時に「おめでとう。」と一言メッセージを送って少々のやりとりをしてからそれっきりだが、きっとまた春が来る頃には彼女の顔を思い出してしまうのだろう。