薄明光線

エッセイテイストな読み物。週一くらいの頻度で更新します。僕の話、時々僕ではない誰かの話。ささやかな楽しみにしてもらえたら幸いです。

【2】ライク・ア・ローリングストーン

(「ライク・ア・ローリングストーン」は続き物として書いている為、「【1】ライク・ア・ローリングストーン」から読む事をオススメ致します。)

 

初日の仕事は早朝6時に離れのキャンプ場で開始だった。

キャンプセンターと呼ばれる、来客の受付や備品の貸し出しなどをしている施設に集合し、この宿泊施設の部長の指示で、10時頃に到着する林間学校にカレー作りにやってくる小学生達を受け入れる為の準備をする。

渡されたプリントに書かれた通り約30個のケースに、じゃがいもや人参などの材料と鍋などの調理器具を振り分けていった。

部長は漫画に出てきそうな雷親父で、ツルツル頭とカタブツそうな顔立ちで、社員のKさんをよく怒鳴っていた。

僕に対しても無愛想なので少しビクつきながら作業していたのだが、実は当たりがキツイのは社員に対してだけで、アルバイトに対してはめちゃくちゃ優しいおじさんなのが後々わかる。

 


小学生の御一行が到着してからは、ひとつのクラスを任されて火起こしの補助をしていた。

小学生達からは先生と呼ばれ、担任の先生からも火起こしについて色々と指導を求められるのだが、実は火起こしについて全く指導のないままこの仕事を任されていた。そうとは言えず、とは言っても化学的に解釈すれば空気の通りさえ良くしてあげれば良いだけの事なので、各班が苦労する中、僕がつきっきりで面倒を見ていた班の火は安定して強くなり、他の班の子達は覗きに来ては見て学び、自身の班へ知識を持ち帰って火を強くした。子供達が勝手に成長していくのを見守ったり、火を起こす知恵を教えて感謝をされる事は、レジ打ちや倉庫業のアルバイトしかした事がなかった僕には味わった事のない感覚で新鮮で、この様なお金の稼ぎ方もあるのだと体感を持って知った。

SNSにあげない事を条件に、先生や子供達と写真を撮り、先生の代わりにカレーを頬張る子供達の写真を撮りながら、帰りのバスの時間が迫っているので子供達洗い物を急かし、彼等の帰りを見送った。7月は残り10日ほどだが、これが7月中ずっと続くらしかった。

 


住み込みの仕事は中休憩があり、前半後半に分かれている事が多く、後半は18時から、ホテル側の布団敷きをこなした後にレストランに回された。そこのレストランに昨日一緒に星を見た女の子(Oさんとする)がいた。彼女の担当は本館のレストランのウェイトレスだった。

ゆっくり話もする余裕もないまま仕事は22時まで続き、上がっていいと言われたのでOさんと後ほど食堂で打ち合う約束をし、部屋に戻って着替えを済ませ、部屋に常備されている洗濯機を回してから食堂へ向かい、まだ誰もいない食堂で自分の食事を準備しながらOさんを待った。

Oさんとは初日の感想を言い合った。少ない休みでこの生活が40日間続くのはなかなかハードだ。だが父への恨みつらみを思い返す隙もない程に業務を詰め込んでもらえるのは逆にありがたかった。

 


Oさんと食事をしていると、キャンプ場で部長に怒鳴られていた社員のKさんがやってきた。Kさんは気さくな方で、僕たちの話にガンガン加わってきたが、少し話し方も要領が悪く、何故よく怒鳴られているのかも話している中で薄々理由が感じられてしまうような方だった。

 


Oさんと別れ、Kさんと男子寮へ戻る途中、Kさんが自分の車で下山してデザートを食べに某大手チェーンのレストランに行こうと言い始めた。Kさんは食堂でもかなりの量を詰め込んでいたのでびっくりしたが、それ以前に僕は残金が3円しかない。適当にお断りしようと思ったのだが、Kさんはなかなか引き下がらず、恥を忍んで残金の事をお話したところ、奢ってくれるという事になりお言葉に甘える事にした。明日も朝は早いが、この退屈な山の上での生活で、次にいつ違う景色を味わえるチャンスがあるか検討がつかなかった事もあり応じる事にした。

 


まわしていた洗濯機から洗濯物を取り上げ部屋の中へ干していき、急いで下の駐車場へ向かうとKさんは既にエンジンをかけてエアコンを効かせて待ってくれていた。昨日デブの館長の車で登った山道を下る。やはり予想していた通り外灯もなく真っ暗だ。これは逃げられないなと、ここでの生活への覚悟を改めた。(後にこの山道を深夜に徒歩で降り、書き置きだけ残して大阪に帰った猛者がいた。)

 


昨日の高速バスのバス停を通り過ぎると、やっと民家が見える平らな国道へ出た。ここで初めて聞いたのだが、この辺りでは賑わっている境港という街へ出るらしいのだが、外灯も少なく暗い山里側から見下ろす境港の夜景はとても美しかった。ゲゲゲの鬼太郎の作者の水木しげる氏出身で有名な街で、この頃はゲゲゲの女房というNHKの朝ドラブームも相まって観光業が賑わっている、とKさんが話してくれた。Kさんは観光ガイドをやっていた事があるそうで、この手の話がかなり上手く、話は長いが退屈せずに聞く事ができた。

Oさんからは予想していたインタビューが始まった。奢っていただく手前、父親との事、そこからこの土地に至るまでの事全てお話させていただいた。親とは仲良くした方がいいですよとありきたりなコメントを頂いたが、それは仕方ない。よその家庭の事は僕にもわからない。ありがたいお気持ちとして受け取った。

 


レストランに着くと、Kさんはハンバーグ定食とパフェを注文し、改めてその大食いに驚いた。僕は限られていた予算で生活していた事もあり、すっかり胃が縮まっていたのでドリンクバーだけいただいた。そのあとスーパーに立ち寄ったのだが、そこでもKさんはカゴいっぱいお菓子を買い、僕にも世の中持ちつ持たれつだと言いお菓子をたくさん買ってくれた。

 


寮に戻ったのは日が変わって1時半だった。6時にはまた仕事が始まるので、シャワーの時間も考えると睡眠に取れる時間は4時間といったところだったが、中休憩を全部睡眠に回せばまあ乗り切れるだろうという考えだった。僕はここでの初日を振り返る余裕もないまま、疲れに身を任せて布団に吸い込まれていった。