薄明光線

エッセイテイストな読み物。週一くらいの頻度で更新します。僕の話、時々僕ではない誰かの話。ささやかな楽しみにしてもらえたら幸いです。

【2】眠れない夜に

彼女とはたまたま通勤のルートが同じだった。

 


今までの生き方を捨て、新しい職場で出会った彼女は、僕より一回り近く若く、華奢な女性だった。

たまたま通勤のルートが同じだという理由だけであったが、無理のない程度に待てる日はお互い時間を合わせて一緒に帰宅した。

 


業務に疲れた体を座席に下ろし、電車に揺られる彼女の喜ぶ顔、苛立つ顔、哀しむ顔、可笑しく笑う顔、多くの表情を見た。全て隣から見る横顔だった。若さからか、半透明なのでは無いかと錯覚してしまうくらいに白く儚く、美しい横顔だった。

 


乗り換えの駅のホームでいつもの様に別れる時、ある日の彼女は寂しげだった。表情を変える事もなくこちらに挨拶し、トボトボと反対側のホームへと向かう背中は壊れそうで、華奢な体がいつにも増してか細く見えた。その背中を見送る日々は何日か続いた。

 


何日目の事だったか、僕は別れ際思わず彼女の肩に手をかけ引き止めた。小さな身体は壊れる事なく、しっかりと僕の手を受け止め振り返った。表情は少し驚いていた。この時の驚いた顔は初めて見るものだった。

 


彼女の寂しげな顔を見たのも、家に向かう寂しげな背中を引き止める事ができたのも、そんな彼女の姿を僕だけが知っている事も、僕が彼女を守る立場となった事も、僕が彼女とたまたま通勤のルートが同じだったからだ。

 


僕はたまたま遅い恋をしたのだ。