薄明光線

エッセイテイストな読み物。週一くらいの頻度で更新します。僕の話、時々僕ではない誰かの話。ささやかな楽しみにしてもらえたら幸いです。

【3】ライク・ア・ローリングストーン

(「ライク・ア・ローリングストーン」は続き物として書いている為、「【1】ライク・ア・ローリングストーン」から読む事をオススメ致します。)

 

7月が終わるまでは毎日小学生グループが引っ切り無しにやってくるので、似たようなルーティンが続いた。

ホテルの正社員である若い男の子達にも良くしてもらえ、新しい人間関係もできた。ここの職員は全員車を持っていたので、用事がある時は彼らに頼めばふもとのコンビニまで連れて行ってもらえた。

新しい住み込みバイトも何人かやってきた。何故か女性ばかりであったので、新しい人が入る度に、正社員の男の子連中と美人だのイマイチだの下世話な談義をしていた。

住み込みバイトをしようなんて人間はやはり奇異で変わり者が多かった。彼氏がアダルトゲームのシナリオライターをやっていて、自身も物書き見習いとして執筆をしていて、その気晴らしとしてバイトに参加したMちゃん。高専を中退してからピースボートで世界一周を経験、現在も人生模索中のSさん。みんな美人とかそうじゃないとかはさて置き経歴が濃い。

最後にやってきた元気印の女子大生Aちゃんは藤本美貴似の美女で、Oさんに紹介された時は全く想定していない美女の登場に一瞬硬直した。

アルバイトの子はみな僕から見て2つ3つ歳下で、僕は見た目の貫禄とみなより年上である事からパパというアダ名をつけられ親しまれた。

仕事後の食堂は賑やかになり、時には賑やかになり過ぎてデブ館長から軽くお叱りを受けたりもしたが、この大山での生活は気味が悪いくらい順風満帆だった。

 


食堂でみんなが寮へ戻った後も、僕はよくひとりで夜の散歩に出かけた。標高1000mだと真夏の夜でも少し肌寒いくらいで心地よい。夜風を浴びながらホテルのロビーの近くをうろつき、ロビーにあるWi-Fiを拾ってSNSで友人と連絡を取り合った。Wi-Fiを拾わないと友人と連絡が取れない状況は、携帯代が払えずに携帯が止まっている状況をここの方々に説明する必要がなくてありがたかった。

 


そこではよく、ロビーから少し離れたところにOさんを見かけた。Oさんは新卒で地方銀行に就職したが、会社のブラックさに嫌気がさして3ヶ月で退職し自信を無くしていた。このホテルの夜はロビーの前でも深夜はかなり暗く、声をかけない限り気づかれる事もない。いつもはそっとしていたのだが、ある夜、すすり泣く声が聞こえてしまい、僕は覚悟を決めて、鈍感でデリカシーのない奴を演じ声をかける事にした。

 


「こんばんわ!」

「…!パパかー。びっくりしたよー。」

「なんて声かけたらいいかわかんない時は何も考えないようにしてるんでね。まあまあ、何も聞かないから好きなだけ泣くといいよ。」

「…ありがと。」

 


気を利かせて缶コーヒーでも買ってきてやりたいところだが寮にある財布の中は相変わらず3円だった。夏虫の鳴く声は、ホテルを囲む山々に反響し、彼女が鼻をすする音をけたたましくかき消した。

 


「何に悩んでるの。」

「…これからどうしたらいいのかわからない。」

「俺もわかんないな。どうしたいかとか以前にもう、明日の飯をなんとかするしか道がないような状態だしね。」

「…そうだったね!」

 


Oさんは少し吹き出した。自分の不幸など誰かの笑い話になって、誰かのガソリンとなって少しでも役立てばいいのだ。

 


「好きなようにしたらいいと思うよ。自分でその自信がないなら俺が良いって言うたるわ。ヤバい時はもっとヤバい状況奴がいたなって笑っておくれよ。」

「わかった。」

「うしっ!じゃあ明日も早いし先に寝るから、Oさんも風邪ひかない程度に適当に戻りなよ!」

 


気が済むまで横に居座るのは野暮だろうと、僕は腰を上げて部屋に戻る事にした。寝ようが寝まいが朝がやってくるように、彼女も泣き止む時が来る。


そして僕自身も、父への想いが静まる時をただただ待っていた。心地良い夜風を毎日浴びても冷める事なく、心の中は未だ荒れていた。どちらかが謝ろうが、僕がいずれかの答えを導き出さなければ解決しない。そもそも僕の力不足で起きた事とはいえ、僕にのみ決断と行動を迫られたこの状況に何一つ納得できていなかった。寝ようが寝まいが朝は来るし、涙はいつかは枯れるのだが、朝は何も解決してはくれず、僕たちをただただ急かすだけだ。