薄明光線

エッセイテイストな読み物。週一くらいの頻度で更新します。僕の話、時々僕ではない誰かの話。ささやかな楽しみにしてもらえたら幸いです。

Well, she’s walking through the clouds.

同僚の男が見せてきたスマホの画面の中で、小ぶりではあるが形の美しい女性の乳房がゆっくりと揺れていた。カメラが女性の顔の方に向けられ、一瞬だけ映り込んだ顔は見覚えのある顔だった。彼女はカメラに気づくと、すぐに手でレンズを覆い隠した。そこで動画は途切れていた。

 


彼女とはかつて少しだけ同じ職場で働いた事があった。おとなしい性格で口数も少なく、それ故に全くそこが知れない為か、根拠はないが少し気味悪く感じていた。彼女は連絡もなしに職場を去ったのだが、その後同僚の男が連絡をつけて体の関係を持ち、その時に撮ったものだという。付き合ってはいないらしい。

 


彼女のその姿を意外だとは思わなかった。むしろその姿は彼女に抱いた気味悪さの正体とさえ思えた。顔を隠したとはいえ、撮られる事を了承したのだ。僕は基本的に他人の貞操観念に引いたりはしないが、その浅はかさは嫌悪の対象だった。

 

しかし、僕は同僚の男も彼女の事もうらやましく思ってしまった。僕の知らないところでとてもおもしろい出来事が起きていて、その当事者として立っているふたりがうらやましかった。僕は不貞腐れた様に、タバコの煙を必要以上に長く吐き出し、自分たちの座る居酒屋のテーブル席をモクモクと曇らせた。

 


その場を終えて、年の瀬のよく冷える夜道を一人で歩き駅へと向かう途中、昔通っていたライブバーの前を偶然通りかかって懐かしく思い、思わず自販機で熱い缶コーヒー買ってスマホでジミヘンをかけた。ジミヘンのギターの音色がいつもよりもよく胸に響き心地が良い。何も変化のない毎日に不満を抱きながらも、何かを変える勇気のない自分に嫌気がさした。そんな話を聞いてほしい相手は昔馴染みの男の友人や、かつて彼女だった人か、なんと呼称すればいいかわからない過去の女性ばかりで、そんな面子ばかりを頭に浮かべる事は、今を生きれていない自分を突きつけられるようでいたたまれなくなり、僕はコンビニでキツい缶チューハイだけを買って誰もいない家に帰った。

 


同僚の男が言うに彼女は毎朝、「好きだよ。」と一言だけ、SNSでメッセージを送ってくるらしいが、都合のいいようにしか思っていない同僚の男はもうすでに無視を決め込んでいるらしい。

 


今夜だけ、僕からの「好きだよ。」の言葉を許してくれる人はいないだろうかと一瞬でも頭をよぎってしまった自分と、毎朝一言だけのメッセージにかける彼女の想いが重なる。おそらく僕と彼女に大した違いはない。ひとつだけ違うと思えるところは、僕は今夜だけなら偽物の愛情でも良かったという事だ。